山口地方裁判所 昭和35年(行)5号 判決 1966年4月18日
下関市田中町一〇四番地
原告
劉貞子
右訴訟代理人弁護士
倉重達郎
同市後田町
被告
下関税務署長
木村貞明
右指定代理人
川本権祐
同
久保田義明
同
中本兼三
同
横田正美
同
石田金之助
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告の申立
被告の原告に対する昭和三四年三月一三日付昭和三二年分贈与税金一、六四八、〇〇〇円の賦課決定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告の申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、原告の請求原因
一、被告は昭和三四年三月一三日付で原告に対し、原告が別紙目録(一)記載の宅地(以下「本件宅地」という)及び同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」といい、本件宅地と合わせてこれを「本件不動産」という)の買受資金、その所有権移転登記手続に要する登録税及び本件建物の改造費合計五、三一六、七一一円を、昭和三二年中に原告の夫朴鐘から贈与を受けたものと認定して、原告の昭和三二年分贈与税につき、課税価格を五、一八二、五〇〇円とし、贈与税額一、六四八、〇〇〇円の賦課決定をした(以下「本件賦課処分」という。)
二、しかしながら、原告は、被告認定のような贈与を受けたことは全然なく、本件賦課処分は事実の認定を誤つた違法な処分である。
三、そこで原告は昭和三四年四月九日被告に対しこれが再調査請求をしたが同年五月二一日付で棄却されたので、更に同月二五日広島国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は昭和三五年三月三一日付でこれを棄却し同年四月二日その旨原告に通知した。
四、よつて、原告は被告のなした本件賦課処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。
第三、請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因第一、三項の事実は認める。
二、同二項の事実中、本件賦課処分は事実誤認の違法を犯している旨の主張は争い、その余は認める。
第四、被告の主張
本件賦課処分は左のとおり適法になされたものであるから、何ら取消さるべき理由はない。
一、原告は、昭和三二年三月一一日、有吉虎之助から本件宅地を代金三、一〇〇、〇〇〇円で買受け、その頃その代金を支払い、同月一二日登録税一〇九、五六一円を支弁して原告への所有権移転登記を完了し、同年八月一〇日松永始から本件建物を代金一、八〇〇、〇〇〇円で買受け、同日その代金及び登録税二四、六五〇円を支払つて原告への所有権移転登記を完了し、更にその頃本件建物を改造してその経費二八二、五〇〇円を支出しているが、これら代金、登録税及び改造費合計五、三一六、七一一円はその都度つまり同年中に原告の夫朴鐘から贈与を受けたものである。
二、しかして、被告が右贈与を認定した根拠は左のとおりである。
1 本件不動産の買受人は朴鐘でなく原告であること(前記各登記の手続に際し山口地方法務局下関支部に提出された所有権移転登記申請書には、いずれも原告が契約上の当事者として記載されている。)。
2 原告には本件不動産を買受ける資力がなく、右買受資金及び改造費は朴鐘において出捐しているにかかわらず、原告と朴鐘の間には右資金の貸借関係が認められないこと。
3 原告において、右贈与を受けるべき事情が存したこと(朴鐘は密入国による外国人登録法違反容疑で昭和三二年二月二五日逮捕、引続いて勾留され、同年三月一八日福岡地方裁判所に起訴後出入国管理違反容疑で福岡入国管理事務所に収容、同年四月一七日仮放免されたが、昭和三三年七月八日右刑事事件につき上告審の有罪確定裁判〔懲役三月〕を受け、同月一七日付で強制退去につき法務大臣の在留特別許可を得た〔許可書の交付は同月三一日〕ものである。従つて同人は本件宅地に関する前記売買契約成立当時〔昭和三二年三月一一日〕は勾留されており、又本件建物に関する前記売買契約成立当時〔同年八月一〇日〕はなお前記刑事事件係員中で、遠からず出入国管理令違反〔密入国〕により本国〔韓国〕へ強制送還されることを覚悟しなければならない情況にあつた。それ故同人はその場合を慮つて、本邦に残留する妻子の生活の安定を図るため、妻たる原告に資産を与えておくことを決意し、自己の預金及び営業〔パチンコ店〕による収益金を買受資金として、本件不動産を原告に購入させたものである。
4 本件不動産の所有名義を朴鐘に登記しなかつたことについて、他に格別の理由が見出せないこと(韓国人が本邦において不動産を取得することは自由で同人は昭和二九年八月頃外国人登録法所定の登録を受けていたものであるから身柄拘束中と雖も本件不動産の取得登記を行うことは可能であり、朴鐘は、法律的知識も豊富で、本件家屋の売買がなされた昭和三二年八月一〇日当時、本件不動産とは別に本件宅地上に自己の営業用〔喫茶店、食堂〕家屋を建築中であつて、これが建築確認申請及び所有権保存登記〔建築確認申請は昭和三二年七月一二日、保存登記は昭和三三年四月二四日〕を自己名義で行つている点からしても、その頃自己名義による不動産取得登記が可能であることを了知していたことがうかがえる。その上被告において本件賦課処分に及ぶ前再三原告及び朴鐘に対して早急に真実の買受人名義に登記名義の変更をするよう勧告したのに拘らず同人らがこれに応じなかつたことは、原告が真の買受人であることを裏付けるものである、尤も、本件賦課処分の後である昭和三四年五月一五日に至つて、本件不動産の所有名義を原告から朴鐘へ変更〔売買による所有権移転の形式〕しているけれども、これは本件賦課処分を覆えそうとしてなした脱税工作とみるのほかはない。)。
三、そこで被告は、右実際の資金贈与の範囲内で、課税価格を金五、一八二、五〇〇円と決定し、これから相続税法二一条の四による基礎控除額一〇〇、〇〇〇円を控除し、これに同法二一条の五所定の税率を適用して贈与税額金一、六四八、〇〇〇円を算出決定したものである。
よつて本件賦課処分は適法であり、原告の本訴請求は失当として棄却されるべきである。
第五、被告の主張に対する原告の答弁
一、告被主張一記載の事実について
右事実中、本件不動産につき被告主張のとおりの所有権移転登記がなされていることその登録税額、改造費の金額及び改造費以外の費用支出が昭和三二年中の支出であることは認めるが、原告が買受人であることは否認する。
本件宅地は朴鐘が昭和三二年一月被告主張の代金で有吉虎之助から買受け、又本件建物も朴鐘がその頃松本永治から代金八〇〇、〇〇〇円で買受けこれが改造は朴鐘においてなしその費用は同人が昭和三三年度以降に支出したものである。
二、同二記載の事実について
1.の事実中、買受人が原告であるとの主張は否認し、その余は認める。
2.の事実は認める。
3.の事実のうち前記刑事事件の経過、法務大臣の在留特別許可及び同許可書交付の日時が被告主張のとおりであることは認めるがその余は否認する。
4の事実のうち、被告主張の日時にその主張のように本件建物と別個の建物について朴鐘名義の所有権保存登記がなされていること、本件不動産の登記名義がその後朴鐘に変更されたこと、及びその時期は認めるがその余は否認する。
本件不動産の取得名義人を原告としたのは、左の事由によるものである。即ち、朴鐘は身柄拘束後即ち昭和三二年二月二七日、同人の登録原票及び所持していた外国人登録証明書を押収された。韓国人は、本邦において不動産取得の登記をなすに際しては外国人登録証明書の呈示を求められるところ当時たやすく右登録証明書の再交付を受けることもできない状態にあつたためやむを得ず一時原告名義で登記しておくこととしたものである。
尤も、朴鐘が同人名義で昭和三三年四月二四日本件宅地上の建物につき所有権保存登記をなしていることは前記のとおりであるが、これは同人と取引関係のあつた福岡相互銀行から朴鐘名義の登記をなす方法を示唆されて行つたまでである。
三、仮に被告主張の贈与がなされたとしても原告と朴鐘は夫婦でありまた右贈与は書面によらない贈与であるところ、朴鐘は昭和三四年五月一五日の前記登記名義の変更によつて右贈与の取消の意思表示をしたから、その効果は遡及して消滅している。
第六、証拠関係
一、原告
甲第二ないし第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第九号証提出(甲第一号証は欠番)、証人有吉虎之助、同朴鐘(第一ないし第三回)、同高木正、同浜本謙介、同浜辺勇熊、同地上信之の各証言ならびに原告本人尋問の結果援用。
乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし三第一四号証の各成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知。
二、被告
乙第一号証、第二号証の一ないし五、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし四、第一二ないし第一四号証提出、証人中田信雄(第一、二回)、同定森卓二、同岩本茂、同三河照夫、同米沢久雄、同清水厳の各証言援用。
甲号各証の成立を認める。
理由
一、請求原因事実第一、三項は当事者間に争いがない。
二、本件不動産について被告主張のような原告名義の所有権移転登記がなされていること、本件不動産の買受代金、登録税、改造費を原告の夫である朴鐘が支出していることは当事者間に争いがない。被告は原告が本件不動産の買受人で朴鐘から買受資金等の贈与を受けたものであると主張し、原告はこれを争い朴鐘がその買受人で登記名義人を原告としたにすぎないと主張するので、以下この点について判断する。
(一) 成立に争いがない甲第四、五号証、乙第二号証の三、四によれば買受人原告名義の本件宅地に関する売買契約が成立したのは昭和三二年三月一一日で同名義の本件建物に関する売買契約が成立したのは同年八月一〇日であることが認められ、証人朴鐘の証言(第一回)中右認定に反する部分は前掲各証拠に照し措信できず、朴鐘が同年三月一一日当時密入国による外国人登録法違反容疑で勾留中であり、同年八月一〇日当時右事件で起訴され福岡地方裁判所に右事件が係属中であつたことについては当事者間に争いがない。従つて、朴鐘は遠からず出入国管理令違反(密入国)により本国に強制送還されることを予想しなければならなかつたものと考えられ、日本に在留する家族の生活保障のため原告に本件不動産を買受けさせ、その資金を贈与するに十分な動機があつたものというべきである。
(二) 朴鐘が、法務大臣の在留特別許可前である昭和三三年四月二四日、本件宅地上に建築した店舗を、自己名義に登記して居ることは当事者間に争いがなく、右事実に、前出乙第二号証の三、四成立に争いのない甲第八号証を綜合すると、当時外国人登録証明書が手許になくても外国人登録原票の記載によつて登録済証明書の交付を受け、これによつて登記手続が可能であつたことが明らかである。証人定森卓二は、朴鐘に対し右店舗の登記手続をただしたところ、福岡相互銀行が勝手にしたもので権利証を貰うまで知らなかつたと述べた旨証言しているが、銀行が無断でそのような登記をするものとはもとより考えられないから、朴鐘は当時、外国人登録証明書を所持していなくても登記ができることを知つていたものと推察され、証人朴鐘の各証言中右認定に反する部分は措信できない。その上証人中田信雄(第一、二回)、同朴鐘(第一回、第三回)の各証言によれば、下関税務署員は同年二月ごろから数回にわたり朴鐘に対し贈与申告の慫慂をなしたところ、自己名義の登記ができなかつたという実情を陳情してこれに応じなかつたこと。しかるに同年七月中旬頃、本件宅地上の、前記店舗が朴鐘名義に保存登記されていることが発覚し、同年八月頃再度申告指導の上再三に亘り真実原告主張のように本件不動産が朴鐘所有ならばその登記名義を同入に移すよう求めたのに昭和三四年三月一三日本件賦課処分決定まで右の手続がとられていないことが認められる。そして、その頃朴鐘が法務大臣の在留特別許可書の交付を受けていたことは当事者間に争いがなく、本件不動産の登記名義を原告名義のまま放置すれば原告に対する贈与税の課税がなさるべきことは十分これを認識し得た筈であるから、朴鐘が原告主張のような事情により本件不動産の登記をやむなく原告名義にしたものならば原告及び朴鐘としては多少の費用は要するとしても(成立に争いがない乙第一号証によれば、朴鐘は昭和三二年中にパチンコ営業により一、五〇〇、〇〇〇円の所得を得ていたことが認められるから右費用の支払能力は十分あつたものと考えられる)。他に特段の事情のないかぎりすみやかに本件不動産の登記名義を朴鐘に移し、贈与課税に伴う手続の紛糾を避けたものと考えられるのに、朴鐘も原告もかかる登記名義の変更をすることなく、また本件には右特段の事情のあつたことについてこれを認めることのできるような何らの証拠も存しない。
右認定の各事実に前示争いがない事実を併せて考察すれば、本件不動産の買受人人は原告であつて、朴鐘からその買受代金、登録税、改造費の資金贈与を受けたものという外はなく、証人朴鐘(第一ないし第三回)、同浜本謙介、同有吉虎之助の各証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。尤も本件賦課処分の後である昭和三四年五月一五日に至つて原告から朴鐘に対する本件不動産の所有名義の変更がなされていることは当事者間に争いがなく、原告は右登記名義の変更により贈与の取消がなされたと主張するが、証人渡辺勇熊の証言によりその成立が認められる乙第四号証、証人地上信之の証言によれば、朴鐘は本件賦課処分がなされたので右納免を免れるため原告と謀つて本件不動産の売渡証書(乙第三号証の二、三)を作成の上右登記名義の変更をしたことが認められ、証人朴鐘の証言(第一回)中右認定に反する部分は措信できないから、贈与取消の事実は認められず、右名義変更は、前記認定に何ら影響を及ぼすものではない。
三、しかして朴鐘が支出した本件土地の買受代金、本件不動産の登録税、改造費の金額が被告主張のとおりであること、本件不動産の買受代金、登録税が昭和三二年中に支出されたことは当事者間に争いがなく、公文書として成立を認められる乙第五号証の一、二、同第六、七号証、証人岩本茂の証言およびこれにより成立が認められる同第一一号証の四、同中田信雄の証言(第一回)によれば、本件家屋の買受代金は一、八〇〇、〇〇〇円であることが認められ、証人三河照夫の証言によりその成立が認められる乙第八、九号証、証人高木正の証言によれば本件家屋の前記改造費が支出されたのは昭和三二年中であると認められる。
四、よつて朴鐘から原告に対して贈与された右買受代金、登録税、改造費合計五、三一六、七一一円の範囲内で右資金購与に対する贈与税の課税価格を五、一八二、五〇〇円と認定し、相続税法第二一条の四、に則り基礎控除額一〇万円を控除の上、同条の五所定の税率を適用して昭和三二年分贈与税額を一、六四八、〇〇〇円と決定した被告の処分は適法であるというべく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 鈴木醇一 裁判官 竹重誠夫)
目録
(一) 下関市大字赤間町第一番の三
宅地 四八坪四合
(二) 下関市大字田中町字田中町第五番の三
家屋番号第五番の九
木造かわらぶき平家建店舗居宅 建坪 一五坪
右同所家屋番号第五番の一〇
木造かわらぶき平家建店舗兼居宅 建坪 九坪六合二勺